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路地裏の中年

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ALWAYS 三丁目の夕日(ネタバレあり)

 この映画、俺らの世代にとっちゃ反則でしょう。
 映像そのものが懐かしくもあり、最初の「東宝」のロゴ?が画面に出た時から、昔「ゴジラ」映画を見たことが思い起こされ・・・・・・。

 あの時代は、ああだったんだよ。
 冷蔵庫は、上に氷(といっても、氷屋さんがリヤカーで売りに来て、それをのこぎりで切った、枕サイズくらいのおおきさのやつだけど・・・)を入れるところがあって、それで冷やしていた木の扉のついたやつ。
 うちの家にも昔土間があって、そこにはその冷蔵庫があったのを覚えている。
 いつの間にか、電気冷蔵庫が普及し、氷屋さんのリヤカーも見かけなくなっていったけど・・・・。

 駄菓子屋も遊びの情報発信基地だったよね。
 でも、寅吉の駄菓子屋のイメージは、ババァがいないと。(ゴメンネ!でもみんなババァってよんでたんだよねぇ。)駄菓子屋を営んでいるのは必ず、ババァだったというイメージがある。
 寅吉の近所に駄菓子屋は2軒あった。
 「ハトヤ」と「裏の駄菓子屋」(みんなそう呼んでいたので、本当の名前は知らない。)だ。
 どちらも、メインはババァだ。
 「もんじゃ焼き」を知ったのも、「裏の駄菓子屋」が初めてだった。
 多分、保健所とかの登録なんかしてなかったんだろう、「おばちゃん、もんじゃいい?」って聞くと、こそこそと中の台所の居間みたいなところに上げてくれて、そこに鉄板のひいた台が1台。そこで子供達は、もんじゃを焼きながら、世間話などをして盛り上がる。なんせ、1卓しかないものだから、結構競争率が高かった覚えがある。
 あの、「裏の駄菓子屋」のおばちゃんも、「ハトヤ」のおばちゃんも、昔からず~っと、ババァだったけど、本当はいくつだったんだろう?(今をもって不明なんだよねぇ。)

 そうそう、家のすぐ側の交差点には都電のホームもあったよ。
 31番だったかな?三ノ輪から上野の方へ走るやつだった。
 当時は、都電とトロリーバス(国際劇場の前の国際通りを走っていた。)が身近な交通手段だった。
 汽車は憧れに近いものがあり(多分、遠くに連れてってくれる乗り物と思っていたのだろう。)、上野の山の陸橋に、下を走る汽車を見に、親に連れてってもらったものだ。
 あの時眺めた汽車に、「六ちゃん」達はのっていたんだろうなぁ・・・・。

 あのころのクリスマス。
 寅吉の枕元には、サンタ(両親)からのプレゼントと叔父さんが近所のお菓子屋さん(ハセガワっていったけかなぁ。)で買ってくれた菓子袋(長靴のじゃなくて、袋に入っていたんだ。)が置かれてたなぁ。あれが、叔父からのプレゼントと知ったのは、随分たってからだった。
 そうそう、当時のおもちゃ屋さんは、この日は終夜営業のようだった。
 大きな玩具店(トイザラスやデパート)なんてそんなになかった時代ですから、町のおもちゃ屋さんは、かきいれどきだったんだろう。その日まで、望みのプレゼントを明かさず、サンタへの手紙をしたためてた子供もいただろう。その日、子供が寝てからやっと望みの品がわかって、おもちゃ屋へ駆け込む親も多かったのではないだろうか。

 テレビの登場もこのころ。
 寅吉は、物心ついた時にはテレビが珍しい時代が終わっていたかもしれない。
 憧れはカラーテレビに移っていた。
 よく、テレビに3色(赤・青・黄の3段)のカバーを画面に掛け、カラーテレビを模してる家庭も多かった。
 寅吉は、カラーテレビを早くに買っていた友達の家によく見に行ったもんだ。たしか、「サンダーバード」と「ジャングル大帝」だったと思うよ。その時間が夕食時になるんで、夕食をご馳走になることも多かった。
 そう、「ジャングル大帝」を提供していたサンヨー電器のCMソングを今も覚えているよ。

 ♪家のテレビにゃ、色が無い。隣のテレビにゃ色がある。
  あらま、あらまとよく見たら、サンヨーカラーテレビ♪

 これで、カラーテレビが欲しいって思ったもんだ。

 この映画を観ていたら、子供のころの忘れかけてた光景が甦ってきたよ。
 確かに、豊かじゃなかったけれど、あの時の電球色に彩られた光景は、今のどこか冷たさを感じる蛍光灯の色の光景より、暖かみが感じられたことは確かかも知れない。
 
 寅吉は、あの「東京タワー」が完成した年に生まれた。
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房 寅吉

房 寅吉

東京は下町 浅草生まれ、昔少年だった寅吉も中年の域に達してまいりました。

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